2007年12月19日水曜日

W杯ファイナルの様な

元気ですか?みなさん。石垣島で泥酔ユージです。何事もなければ明日ゴールします。スタートしてから5ヶ月とちょっと。とても濃〜い時間を過ごさせて戴きました。私、泥酔中なので君が今になって初めて書きます。それでは、お休みなさい。

初めまして。今更ながら君こと私です。
旅を始めた頃はちょくちょく一言コメントを書いていこうと思っていたのですが(君のグルメレポート!と、題まで用意もしていたのですが)布団に入ると数十秒で眠りについてしまう為、ついに今日になってしまいました。
旅をしてきた5ヶ月、あっという間だったような、でも本当に濃厚な日々でした。
正直、最初の数日間は何度「帰りたい…」と思ったか。出発前にある程度の想像と覚悟はしていましたが、車での生活は思っていた以上にハードでした。
トイレ、お風呂、水道、寝床。今まで当たり前にあったもの、車生活ではその確保を毎日考える。
でも、そんな車生活も10日もするとすっかり慣れ、人間は順応性のある生き物ということを実感するのです。

とても長い時間、自分とも相手とも向き合うことができました。
何年も一緒にいるので相手の事はよく解っているつもりでしたが、新たな発見があれこれ。
ご想像通り喧嘩も言い合いも数知れず…
もちろんそれは相手も同じ。私はかなり自分勝手も言い、素を全快で出してしまっていたので。22/24時間くらい時間を共有していると隠すのは無理なのです。
ですので自分自身ともじっくりたっぷり向き合えました。これから先の自分がどう在りたいのか。大学を卒業してからずっと答えを探していたこと。
旅をするということ以外に制限のない状況下では、とてもクリアにシンプルにその答えは見えてきました。
ここから先は私次第です。まずは行動してチャレンジしていこうと思います。


この旅でたくさんの人と出会いました。再会もしました。泊めて頂いた方、働かせて頂いた方、会いに来てくれた方、一緒にテーブル囲んで語り合ってくれた方、色々おすそわけしてくれた旅の方、素敵なサービスをしてくれた宿の方、居酒屋の大将、本当にありがとうございました。
素敵な出会いばかりでした。
みなさん、また会いに行きます!!


ゆーじくんのお父さん、お母さん、風邪をひいていないか、元気でやっているかといつも気遣って頂いてありがとうございました。

最初は反対していたけど、最後には許して見守ってくれていたお父さんお母さん、本当にありがとう。

泥酔爆睡の上、さっきから寝言も発しているゆーじくんですが、色々ありながらも2人で旅をすることができて良かったです。ありがとう。


まとめると…日本一周旅行、素敵な貴重な旅でした!日本は広い!
家に帰るまでが旅。安全第一で無事ゴールしたいと思います。
長くなってしまいました。思いはまだまだ尽きませんが夜も更けてきたのでこの辺で。
おやすみなさい。

2007年12月17日月曜日

夕焼けニャンニャン


今、与那国島から石垣島に帰っている。
与那国島は雨と曇りで、ちと残念だった。


与那国島に着くなり、西崎に向かった。ここが日本最西端。先っぽにて、この国をぐる〜り旅した日々が、充実や満足といった達成感と、少しセンチメンタルをくれた。
Dr.コトーに出てくる様々な場所や、ビーチ、奇岩、馬や牛で楽しんだ。

高校の時、女の子に親が漁師の友達が居た。その子の親父さんに、沖釣りに連れて行ってもらった事がある。友達5人程で行った気がする。船が動いている時は、みんな
「俺たちは、海の男だ!」
という雰囲気を出し、波しぶきが気持ち良かったのだが、釣りポイントに着き船が横揺れに変わると、みんな釣りもせず甲板に寝転び吐いた。結局、その日僕は釣糸を垂らす事は無かった。
与那国島に海底遺跡か?と言われている所がある。そこに、グラスボートに乗り向かった。小さい船なので、初めから揺れていたのだが、その遺跡ポイントに着いた瞬間、横揺れが物凄くなった。しかも、下を覗いかないと見れない。下を覗き、海底遺跡を確認した瞬間、めっちゃ気持ち悪くなる。吐きはしなかったが、あの日の様に海底遺跡の上で、一瞬見ただけでダウンした。10人程乗っていたのだが、最後まで見ていたのは1人だけだった。

日本で最後に沈む、飛び切りのサンセットを見たかったのだが、そいつは顔を出してはくれなかった。曇り空に飛び切り綺麗な夕陽を想像した。
後は、石垣島でしばしのんびりして帰るのみ。
島って、やっぱり良い。

2007年12月15日土曜日

到着。

無事ゲロ吐かず到着か。
日本最西端の与那国島まで、もうすぐ。
最後の端っこであり、あとは帰るだけ。
思いっ切り楽しもうっと。
画像は携帯で撮ったので少々見づらいでしょうか?
そういう事で、ほなまたね。

ゲロ船

今、石垣島から与那国島にフェリーで向かっている。大海原の上。海は広い。そして青い。小さな事など、どーでも良くなる。

「僕達は、旅をしているんだ。」
この船に乗っている人、皆そんな顔をしている。約4時間の船の旅。僕はもつだろうか?
「この揺れに…。」
今乗っているフェリーは、通称「ゲロ船」。皆、どことなくヒッピーでボヘミアンな雰囲気を発し、すました顔をしているが、本当は
「気持ち悪いんだろ!?」
君はコートにくるまり横になっている。

「どーか、僕のコートとジーパンに吐きません様に。」

Dr.コトーの島であり、日本最西端の島。
「もうすぐだ。」と言いたい所だが、あと2時間は余裕である。

「気持ち悪いよぉ!ママぁ!!!」

2007年12月14日金曜日

島という非日常


日本なのに南十字星が見える島。日本最南端の島。
波照間島にやって来たのだ。

正確には日本最南端ではないのだけど、最南端の有人島であり、一般の人が行ける為に最南端の碑が立つ。

島に到着すると宿のおばちゃんが迎えに来てくれた。おばちゃんが、
「今日は暑いねぇ。海で泳いでる人いるよ。」と。
なので、宿に着くなり荷物を置き、チャリを借りレッツゴー!
太陽のシャワーの中、ハンドルをギュッと握りペダルを踏む。心地好い風を体いっぱいで感じ、スピードが上がる。風になったその時……。
「ブレーキきかねぇ。」
間一髪セーフ。チャリンコからとは思えない物凄い音を出し、サトウキビ畑の手前でストップ。
そんなこんなでチャリンコは十字路を右に曲がった。ニシ浜ビーチに。
「うぅわぁぁ〜。」
僕の言葉の引き出しでは言えません、伝えれません、あの海は。
Tシャツを脱ぎ、海に走る。期待はしていたけど、この季節に本当に海水浴が出来るなんて。
「素敵すぎる」。

しばらく泳ぎ、チャリを漕ぎだす。波照間島は信号が無い。そして、舗装されていない道での事。ヤギが居る。その下でモゾモゾしている小さい3匹。産まれたばかりの様で、必死に立とうとしている。
「がんばれェ…。」
やっとの事で立ち上がり、おっぱいに辿り着いた。感動ですゎ。
そして、日本最南端の碑に到着。遂に来ましたぁ。外国はすぐソコなんだぁ。
「いやぁ、思えば遠くへ来たもんだ。」
そして、島を一周して宿に帰る。この頃から天気が悪くなり始める。星は見れそうにない。
翌朝、雨。嘆いてもしょうがない。宿でインターネットしたり、カフェに行ったり、お土産見たり。
午後、雨が上がったのでニシ浜ビーチに行く。天気が悪いのに、うっとりしちゃうブルー。
「来た時よりも、美しく」。
良く学校の先生が言っていた。暇なので、ビーチクリーン作戦スタート。結構あるんだなぁ…、ゴミ。ヤドカリの宿チェンジの瞬間に遭遇。
そうして、陽は沈む。残念だが、今宵も星は見えず。

そして本日、波照間島から石垣島に戻って来たのでした。

静岡に産まれ、東京で生活していた僕にとって、旅自体がそうなのだが、島という空間は非日常を強く感じる訳で。島に憧れている自分も居る訳で。
日本の小さな島々に、海を渡り僕は行ってみたい。

2007年12月13日木曜日

南国パラダイス


恥ずかしながら、この年になって初めて飛行機に乗りました。空から見る大地、雲海、沖縄の海に大感動してしまいました。


沖縄本島に3泊4日。首里城、勝連城、座喜味城など世界遺産に行き、琉球王朝に思いを馳せる。
海軍壕、ひめゆりの塔、平和記念公園に行き、戦争にテンションを奪われる。
ちゅら海水族館を思いっ切り楽しみ、瀬底島などの綺麗なビーチ、降り注ぐ太陽の光に感謝感激。
平和記念公園には沖縄戦で亡くなった、ばあちゃんの弟の名前がある。多すぎる犠牲者の名前の中、その名前を見つけた。顔も知らなければ、見たことも逢ったこともない。話で聞いた事のある人の名前が石に刻まれていた。手を合わせ目を閉じる。
そうして石垣島に行き、波照間島に到着したのでした。

2007年12月11日火曜日

夏かっ!


今日は、暑かった。気温は26度まで上がった。
今、沖縄にいるのだ。

和歌山にて、世界遺産の紀伊山地の霊場と参詣道に行く。
その後、無料の温泉、「仙人風呂」に。
翌日、三重に。伊勢志摩ドライブを楽しみ、伊勢神宮に。喧嘩をしていたのだが、御参り前に仲直り。
翌日に関宿、鈴鹿、四日市と行き、名古屋入り。友人の家に車を置かせてもらい、その翌日に沖縄に飛んだのでした。

風邪と泥酔の為、アップ怠ってましたが、最後の県である沖縄に元気をもらい回復です。
沖縄にパソコンを持って来てないので、画像のアップは遅れます。
それでは。